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22日後に行政書士試験を受ける人 「バーチャル宣言」


我ながらあまりにも恐れ知らずなタイトルだな!!!(元のタイトルが「バーチャル日本の象徴」だったのでさすがにまずいと思ってこれに変えたらしい)

日本国憲法のもとにおける様々な判例を読みつつ、筆者と同じ年(1991年)に、筆者とは全く違う不自由のない不自由の中に生まれ育った方のことを考えていました。

明治から戦時中までに日本古来の風習に西洋的な考え方の合わさった、日本の歴史の中では相対的に新しい価値観が根づいたのですが、日本国憲法のもとでそれすら様々な反省からさらにアップデートされ、民法や刑法やその他の法律(尊属殺人重罰、非嫡出子の相続分など)が憲法第14条に照らして違憲とされて改正・削除されてきました。それらの根本にあるのが憲法第14条に基づく、「本人が生まれつき選択できないことで人を不平等に扱うのは許されない」という考え方です(尊属殺人重罰については厳密にはそこではなく、「あまりに重罰すぎて憲法第14条に反している」ことが判例としては残っていますが、被告人があまりに劣悪な生育環境であったこともあり、この考えに基づく意見を述べた裁判官もいたとのことです)。

ところで日本国憲法は「第一章 天皇」から始まっています。
日本国憲法の制定・施行前、終戦の翌年の昭和天皇の「人間宣言」を日本の新しい時代の始まりのように思っている人もいるかもしれません。これは少し古い文体ですが「天皇と国民のつながりは信頼と敬愛によるものであり、神話や伝説に基づくものではない。天皇は現人神であり日本国民は世界を支配するべき優れた民族であるというのは誤った考えである」ということを述べていて、この英訳文で連合国側からの非難はかなり終息したのですが、終戦のときの玉音放送で終戦後の復興へと共に歩む意思を受け取っていた当時の日本国民にとってはたいしたインパクトではなかったようです。現代ですら、というか現代こそ優れた才能を持つ人などを日本では俗に「神」ということが多いことを考えると納得できます。それこそ平成から令和の改元でこそ「10連休とか神!」などと間接的に天皇陛下や上皇陛下を神格化していましたからね(?)。筆者は改元がないと仮面ライダージオウと仮面ライダーゼロワンには出会えなかったと思っているのでやはり神だと思います(???)。むしろ後世になって「人間宣言」という言葉が一人歩きしているというのが実態のようです。

「人間宣言」という言葉は一人歩きしていますが、日本国民は日本国憲法のもとで、本当に天皇や皇族を人間扱いしてきましたか?

筆者は空に吸い込まれてしまう平成生まれなので伝聞でしか知らないのですが、昭和から平成への改元前には常に昭和天皇の容態が速報テロップで出るような状況であったことや、また国民の日常生活に影響を与える改元が自らの命という不確定な要素にかかっていることをよく思われず、上皇陛下の譲位による改元という「特例」に至ったようです。これは本当に「特例」で済むことでしょうか。

筆者は当時は幼く詳しいことは知らないのですが、日本国憲法のもとで皇族に、特に現在の天皇陛下のもとに男の子が産まれなかったことについて様々なことが取り沙汰されてきたようです。同じ世代の家族のあり方も多様化していて、平成生まれで令和を生きる次世代に、同じようなことができるでしょうか。

生まれた家で決まった学校に進学させるのが本当にこの時代において正しいのでしょうか。

結婚相手やその家族に関する報道の真偽の判断はできかねますが、「早くこの家から出ていけば過熱報道から解放されるのではないか」という気持ちにかえって追い詰められているのではないでしょうか。

一般の日本国民と同じ生身の人間に、日本の象徴とその一族という重荷を生まれながらに背負わせることを続けていくこと自体がそう遠くない将来に限界を迎えるような気がしていて、何か国民の感情として不都合なことがあっても(生前退位と改元ですら当初は快く思わなかった人がいるような…?)その重荷を背負わせてきてしまった代償であるように思います。

筆者が生きているうちくらいに、「人間宣言」ならぬ「バーチャル宣言」を覚悟しています。

Posted in 資格試験対策